Friday, January 07, 2005

Goofing off at home.

昨夜は普段めったに会えない元同僚と会ってゆっくり話すことができた。
以前と同じ会社にいるということは激務に違いない(私は4年勤めて体が限界だった)のに、私より二つか三つ年長の彼女は健康そのもので、笑った顔がピカーっとまぶしい。
いつ会っても機嫌がいい人だ。
明るくて元気だが、相手を疲れさせるようなハイテンションではなく、偽善者ぶることもなく適度に毒づいたりもする究極の聞き上手だ。
軽い心身症なら、ああいう人がセラピストだったらすぐ治ってしまいそうだ。

このところ、無礼な物言いをする人間(主に男)のせいで不愉快な思いをすることが多かったが、彼女のおかげですっかりいい気分になってしまった。
昨年から年明けにかけて私をおとしめた男どもには、もったいなくて爪の垢すら煎じて飲ませてやりたくない。
身に覚えのあるお前とお前とお前!いまさら反省したふりしたって遅いんだよーだ。

やや閑話休題。
言うまでもないことだが、他人と知り合って仲良くなるにはある程度の時間と手間が必要だ。
メールや掲示板が急激に普及し、会ったこともない(に等しい)人と容易に親交を深められるようになったことには、インターネット普及前に育った世代の人間としては正直軽い抵抗を覚える。
時間をかけ、ときに牽制しつつ、お互いの趣味や嗜好について探り合い、徐々に親しくなっていくのが本来の「他人との付き合い」ではないだろうか。
掲示板なりメールなりで活字のみでやり取りを重ねることで、あたかもお互いをよく知っているような錯覚に陥る。
その結果、人格を見誤った状態で接触することになり、お互いの温度差に愕然としたりするものだ。
幸い、我が家のサイトを通じて知り合った人は、適度な距離感で接してくれることが多い。
ときに不気味なテンションで迫ってくる人もいないわけではないが、不特定多数に向けて発信する形をとっている以上は仕方がない。
ちなみに私は苦手な人のことは徹底的に避けるので、「仲良く振舞っている(メール交換や実際に会ったり)が本当は嫌い」という人はいない。
つまり、私が現在親しくさせてもらっている人々のことはかなり好きということになる。
その中でも昨日会ったMさんともう一人のJのことは相当好きなのだと思う。
年をとるにつれ、自分が他人にどう思われているかということへの関心が薄まり、自分の言動が反感を買うのなら、その相手が去っていけばいいと思うようになってきた。
10年前だったら、相手の顔色をうかがい、機嫌を損ねたら必死で挽回しようとしたものだ。
他人との摩擦を回避するため、10年前に比べて発言に気を遣うようになっているので、いきなり機嫌を損ねることが減っているのも事実だが。

いい気分で帰宅して布団に入り、さわやかに目覚めたら「いつも家を出る時間」だった。
がーん。
「風邪で休みます」と上司に連絡を入れたところ「昨日咳込んでたので心配しておりました」という返事を頂戴した。
咳込んでいたのはオレオが喉に詰まってむせていた時のことだが、なんとなくいい気分のまま一日寝て過ごした。

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